住宅地に囲まれ、境内はそれほど広くありません。
鳥居を潜って右手に、馬頭観音堂があります。
この辺りも例に漏れず、開拓には馬が使われたのでしょうね。
御神木との指定は無いですが、大きなヒメリンゴの木です。
足元には冬の間に落ちたであろう実が沢山ありました。
お参りを済ませました。
雪も解けて車も出せるようになったので、参拝再開です。
手始めにホッケ釣りの途中に寄った、塩谷神社へお参りしましたよ。
「日本遺産認定」との事ですが、社号標の前以外は無かったのでしょうかね?
国道沿いに面しているのですが、住宅に挟まれ
間口が狭く意外と気が付きにくいです。
第二鳥居の社号ですが、今年の大雪で壊れてしまったそうです。
今年はちょっと異常な多さでしたからね。
結構傾斜のある階段で、階段自体も欠けたりしていてやや注意が必要です。
小樽最古というだけあって古めかしいですが、きちんと手入れは為されていますね。
一昨年から明治天皇も祀られているようです。
拝殿の右手には、恐らく日露戦争犠牲者の慰霊碑と慰霊殿がありました。
こういう世界情勢ですし、しっかりお参りしてきました。
猫と馬と小鳥も境内にいましたよ。
宮司さんが熱い方で、塩谷神社についていろいろ詳しく説明していただきました。
雪の被害も大きかったということで、初穂料も少々奮発してきました。
今日はとても天気が良かったので、日の光を存分に浴びようと、
歩いて少し遠くの西岡八幡宮へお参りしました。
ここへ来る途中も、とにかく雪、雪、雪でして、
排雪されない雪が、堆く人の背丈以上になっていました。
境内も積もっていますね。
社号標もこんな感じなので
看板の写真も撮ってきました。
鳥居を潜って右手に、このような碑がいくつかあるのですが、
雪に阻まれとても近づけません。
勿論、手水もコロナとは関係なく閉鎖中です。
まっすぐ進んでお参りを済ませました。
で、こちらの御朱印。
書置きをいただいたのですが、違いが分かりますでしょうか?
じつはこの御朱印、シールになっていてそのまま御朱印帳に貼り付けできます。
糊でシワシワにならなくて良いですね。
十勝川温泉でお肌スベスベになった翌日。
同じ町内の音更神社へお参りしましたよ。
ここも十勝の神社の例に漏れず境内が広いです。
御神木も伸びやかに育っていて、敷地内を少し進んでから撮影しました。
交通安全祈願碑がありました。
出先で本格的な積雪でしたので、帰りの安全を祈願しました。
結構歩きますね。
風は無かったので、そう寒くはなかったです。
左手に古い建造物があると思ったら、以前の本殿なのですね。
そっと手を合わせておきます。
小さなお社が二つとかわいい狛犬が鎮座しています。
弁財天宮と
姫宮神社とのこと。
忠魂碑にも手を合わせてきました。
ここの手水は湧き出しているのか、常に水があふれていました。
コロナ対策と寒いのとで、簡単に手を洗います。
で、振り返ると急に可愛らしい看板があります。
立派な杜になっていますので、エゾリスをはじめ
野生生物がこの杜に住んでいるようです、
中でもエゾリスが有名なようで、写真撮影の方が何人かいらっしゃいました。
階段を上り切ってようやく社殿が見えてきました。
お参りします。
ここまでくると、さすがに寒かったですね。
北海道在住者を対象にした「どうみん割」を使ってお出かけしました。
十勝地方に行きましたので、本別町の本別神社にお参りしましたよ。
神社に到着したのは2時30分頃なのですが、既に夕焼けの雰囲気。
この時期は日が落ちるのが早いですね。
最初の鳥居を潜って、すぐ右手に御神木があります。
ハルニレの木ですね。
左手には東屋と手水舎があります。
東屋は、おそらく土俵になるのでしょうね。
結構広い境内です。
十勝地方は平野部が比較的多いので、境内の広い神社が多いような気がします。
途中に忠魂碑が建立されていました。
お参りを済ませました。
拝殿右奥に境内社の十勝大山神社がありましたので、こちらにもお参りします。
書き手が不在との事で、書置きの御朱印をいただきました。
境内が広いですね~。
札幌市の北海道神宮も広いのですが、森の中にあるので
あまり広さを感じられませんが、こちらは木々がそこまで多くないので
広がりを感じますね。
第一鳥居を潜って左手に「北鎮安全神社」があります。
自家用車のお祓いなどを行うのでしょうね。
いかにも「車止めてください」というスペースがありました。
かつて、サハリンが樺太と呼ばれていた頃、
南半分は日本の領土でした。
その境目、国境を示す石碑を小さくした碑がありました。
このすぐ隣に池があるのですが、ちょうど北海道の形をした池と、
樺太の形をした池があり、位置関係が分かりやすくなっています。
機会があれば行ってみたいですね。
庭も綺麗に手が入っています。
散策にはちょうど良いですな。
そして、護国ということで忠魂碑や慰霊碑の類が沢山ありました。
いま平和に暮らせるのも、多くの犠牲の上に成り立っていますので、
一つ一つに手を合わせてきました。
やはりコロナ禍で水関係は利用できなくなっていますね。
大きな門ですね。
ここからも長く広いです。
ようやくたどり着きました。
お参りします。
拝殿の隣に歌碑がありました。
御朱印は書置きのものを頂きました。
早くコロナが収まればよいですね。